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山梨KingRatの動画をUPしました

Sun.24.06.2018 0 comments
 


 2018.6.22 at King Rat 
1 Reason of smile 
2 Get It On 
3 ケムリ 
4 BACK HOME 
5 愛の渦 
6 蝉

山梨キングラットにお邪魔してきました!

Sun.24.06.2018 0 comments
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昨夜は山梨にお邪魔しました。
キングラット。オレンジの壁、美味いつけめん、もつ焼き、マスターの小粋なMC
素敵なお店です。

僕とベースのタケちゃん、ドラムの亮くんの3人でのライブでした。


さやかちゃん、誘ってくれてありがとう😊
嬉しかった!
打ち上げもなんかすごい楽しくて、大笑いしながらあっという間に時間が過ぎていました。
また一緒にやりましょう!

TOMさん、みどり素敵でした^ ^
ジャークチキンを食べられるのを楽しみにしています。
またご一緒しましょう!

くじら、5人でのライブも見てみたかったけど、
昨夜も独自の着眼点での世界観を堪能させてもらいました!
また次に見れるのを楽しみにしています。

僕らはトリでやらせていただきました。
Reason of smile、Get It On、ケムリ、BACK HOME、愛の渦、蝉
こんなセットリスト。
楽しかった〜

今回はMCが決まりまくったなぁ…(笑
痛風というパワーワード1本で乗り切った感がありますが…(笑

また山梨にお邪魔します。
その前に7/20のワンマンを大成功させます!

もっともっと練習して、もっともっといい歌を歌います!

死んで教えてくれるなよ

Thu.21.06.2018 0 comments

【死んで教えてくれるなよ】
皆さんによく言われる、一度僕がライブをやめると言っておきながらまた半年後にやりはじめた、その理由です。



2015年の3月の終わりにふとライブハウスにでかけた。
静岡市のUHUというライブハウスで、僕はカウンターの一番後ろの席の前で立ちながら酒を飲むのが常だ。
酒も少しすすみ、それから歌いだしたritomoの歌に聞き入っていた。


でも、僕はまさかそれで僕がこんなにも変わるなんて思いもよらなかった。
「ライブをやめよう」と、はっきりと思った。
17歳から知っていた彼女は19歳になっていた。もう高校生ではない。
彼女の歌は僕に迫った。「あんた歌をいつまで歌ってるの」と。そう迫りながら一瞬で僕の居場所を奪っていった。
僕は一瞬で悟った。もう、僕が歌う余地はないと。


家に帰りすぐに今年の年末でライブから引退する」と発表した。
何人かの人から、もったいない、撤回しろと連絡をもらったが決心が変わることはなかった。
部屋の電気をふいにつけたり消したりしながら何分間かが過ぎた。もう歌からは離れたくなっていた。
これ以上自分を惨めにしたくなかった。だらしない自分から決別したかった。


それから一ヶ月ほどのちに僕は一生忘れられない経験をする。
岡本と飲むのだ。


岡本は僕の高校からの友達。消防士になると言い続け、何事もないように普通に、なった。
同じ18歳で東京に出て、消防士になった。
高校の頃はさして意識をすることもなかった。
しかし彼は着実に自分の夢を実現し続ける。

ずっと「俺は人を助ける」と言い続けて、いよいよオレンジ色の制服を着るようになった。ハイパーレスキューだ。
本当にすごいスピードだったんじゃないかと思う。
僕はそんな彼の結果を見てはじめて彼を意識するようになったような気がする。


僕がライブからの引退を表明して一ヶ月ほど後、東京にいる岡本から連絡があり、僕の家で飲むことになった。
「ケンイチ。俺の新しい嫁さんと、お前の彼女と、みんなで辻堂で飲もう」
そんな言葉が聞けるとは思わなかった。嬉しかった。


少し遡るが2006年の話。
僕は彼の一度目の結婚式に出席する。
そこで歌を歌い、大いに祝い、笑い、泣いた。
28歳の結婚ほど男にとってしあわせを感じることはない。
僕は、彼の今後のしあわせを願い、想像し、とにかく泣いた。


誰も予知能力などないのだ。誰も明日のことなどわからないのだから。
人生は誰にも見えない。


これ以後の彼の結婚生活を細かく書くのはやめておく。
プライベート云々のこともあるが、単純に僕の中で辛いからだ。
ただ彼は息子をひとり授かり、愛していた。
僕が見た彼のしあわせな顔だ。何にも変えられない事実だ。
息子と一緒に僕の歌を聴きに来てくれ、ふたりで一緒にじゃれあって岡本は息子の両手をとってグルグル回してふたりでひとつになっていた。
僕はそれを見ている。僕ははっきりそれを目撃している。


なにがどうなって離婚したのかは、知らない。
少しだけ聞いたが、ここで書く気はない。本当に辛かったようだということだけは記しておきたい。
本当は書きたいことがある。当時の嫁さんに対して思うことは山程ある…ということだけで察していただきたい。


とにかく彼は離婚した。自由になったのだ。
息子のことは彼の生涯において気がかりだった。いつか僕が息子に話そうと思う。父親のことを。


話を戻していいだろうか。
2015年の5月に、岡本と最後に飲むことになるのだ。


再婚したことは少し前に聞いていた。
「結婚したんだ、いい嫁さんなんだ。本当に、本当に、いい嫁さんなんだ」
そう言う顔を見ればすぐにわかる。


「俺さ、ライブやめるんだ」
「そうか」
半日ほど静かに飲んだ。
それが最後だった。


2015年6月19日
僕の親友岡本は奥さんとの新婚旅行中にバリ島で亡くなりました。


僕はそれからいろいろ考えて、また歌うようになりました。
なぜ歌っているのかはわかりません。


でも、彼が死んでから僕は前より歌を歌いたくなりました。




SBS学苑でギターを教えます!

Thu.14.06.2018 0 comments
青田です。

このたびSBS学苑藤枝校でギター教室の講師に就任することになりました😊
アコースティック・ギターです。
はじめたばかりの方や、ブランクのある方など「入門コース」になります。

僕自身、久々のギター教室の講師なので緊張していますが、頑張りますので是非ご参加ください!
どなたでもお待ちしております〜🍀

詳細は下記をご覧ください。



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始めたばかりの方やこれからの方、もう一度学びたい方。
静岡で活躍のプロのシンガーソングライターの講師がレベルに合わせて個人指導もしますので安心して学べます。
憧れのギターをかっこよく弾こう。

講師:青田ケンイチ /シンガーソングライター
曜日・時間:第2・4火曜日 19:00~21:00
受講料・回数:16,200円(3ヵ月・6回)
教材他:教材費(楽譜代) 108 円
管理運営費:レギュラー講座 1回54円(1ヵ月の上限216円)

1日・体験講座 1回108円

保険料:なし
入会金:あり[詳細
見学:可
講座期間:2018年7月10日~2018年9月25日

講座の途中からの受講も可能です

開催予定日:7/10(火)  7/24(火)  8/7(火)  8/28(火)  9/11(火)  9/25(火) 
持ち物:アコースティックギター
お問合せ先:藤枝校

Tel:054-644-5103 Fax:054-641-1282
午前10時~午後8時(土曜日は午後4時まで)

お申込みはこちら

http://www.sbsgakuen.com/Detail?gakuno=7&kikanno=20895


痛風になって思ったこと

Wed.06.06.2018 0 comments
先週の月曜日に痛風の症状が出た。
その日は昼から出かけていたのだが、歩いているとだんだん左足の親指の付け根が痛くなってきた。
最初は我慢して歩いていたのだが、数時間後には足を地面につけるだけで顔がゆがむくらいの痛みになった。

左足の親指の付け根の激痛。
あぁ、いよいよ来たなと思った。

その日の夜から数日間はひたすら痛みに耐えていた。2日間ほどは一睡もできなかった。
まあ死ぬほどの痛み、などといわれていたようなことは全然なかったが、それでもたとえば布団に横たわっていて掛け布団が足に少し触れる。
それだけでもビクっとなるくらい痛かった。
トイレに行くのに2分くらいかかる。普段なら10秒くらいの距離だ。

早めに病院に…とも思ったが、痛みが引くまではとても無理だと思った。
これはおそらく痛風だし、だとしたら即効性のある薬があるわけでもなし、痛みが引いてから向かえばいいだろうと思っていた。
ところが数日経っても腫れも痛みも一向に収まる気配がない。湿布などを貼っても、左右の足の大きさが明らかに違うのだ。
結局、一週間経っても改善の兆しが見えず、昨日ようやく病院に行ってきた。
処方された薬を飲んでしばらくすると痛みが少し引いてきた…早めに行けばよかった。


痛風になったこと自体は、たいしてショックでもなかった。
そのうちなるだろうとは思っていたし、それが明日か10年後か、というようなくらいの意識でいたから。
「あぁ、来たのね。」というようなもんだ。
ビールが好きで、ほとんど毎日飲んでいたのでとっくに覚悟は出来ていた。

逆に僕が一番思ったのは、来月で40になるこのタイミングで痛風になるのは「いい機会だな」ということ。
身体と心を見つめ直すいい機会である。
僕は馬鹿だから何もないと全然自分を改めないのだ。悪い境地になってはじめて鑑みる。
それは賢い人からみたら馬鹿以外の何物でもないけど、それでも改めないよりはいいだろう。
お酒の量を減らすいい口実が出来た。というと、お前やめたかったのかという声が聞こえてきそうだけどそうではない。
減らす必要性がないのに減らすつもりがなかったのだ。
厳密に言えば健康を考えたら減らす必要は健康な人だってあるのだが、僕はそうは考えない。
飲めるときには飲む。飲めなくなったら飲まない。それだけだ。
20代、30代という一番元気な時代をお酒と一緒に過ごせてよかった。
あれだけ楽しい思いをさせてもらったんだ(もちろん失敗もたくさんしたが)、感謝しかない。
ギリギリ30代の最後で痛風になるというのが、キリのいい感じがしていいじゃないか。

これからは量とペースを少し落としてゆったり飲んでいく。
どちらにしろ、40代は少し落ち着いてお酒と向き合いたいと思っていた。
そう考えると、まさに「痛風になってよかった」といえるのである。
飲みのお誘いはいつでもウェルカムである。

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