青田ケンイチ PROFILE 

PROFILE

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青田ケンイチ
1978/7/4生まれ
静岡出身のシンガーソングライター。
SOUL,FUNK&SLOW MUSICに強い影響を受け、新星オーガニックソウルシンガーとして各方面から高い評価を得る。

アコースティックギター1本の弾き語りというオーソドックスなスタイルながら、繊細かつスモーキーな声質と、叙情的、内省的な歌詞、そしてあらゆるサウンドを吸収したメロディーセンスで、独自の歌世界を作り上げ、自ら[アコースティックソウル]と呼ぶ。
年間60本超のライブのほとんどをギター1本で行い、確実にそのファン層を広めている。
それとともに、非常に気さくなキャラクターも彼の魅力の一つとなって いる。



BIOGRAPHY 〜早わかり青田ケンイチの歴史〜

++ 幼少期 ++
静岡市に生まれる。父親がサーファーだったので幼い頃は海で過ごした記憶ばかり。家では絶えず音楽が流れていた。典型的なやんちゃ坊主だった気がする。
サンバルカンがお気に入りで、テーマソングをよく歌っていた。イーグルシャークパンサー。

++ 小学校時代 ++
どうもオタクっぽかったような気が。ファミコン、ミニ四駆、ビックリマンチョコ、カードダス、外ではス ケートボードやドッジボールなどにハマる。だが熱しやすく覚めやすい、結構クールな性格でもあった。
仮面ノリダーがお気に入りで、テーマソングをよく歌っていた。仮面〜ノゥリィディヤァ〜オゥ。

++ 中学校時代 ++
1年のとき、たまたま家にあったChuck MangioneとMarvin Gayeのレコードを聴いて圧倒される。幼少の頃家でかかっていた記憶が蘇り、曲の頭から最後まで全て思い出 す。細胞が音楽にやられた。

音楽をやろう!と決意し、ギターを始める。歌にも興味はあったが、うまくなる感じがしなかったのでもっぱらギタリスト志望だった。アコギで無理矢理エレキの真似をしては弦の固さにため息をつく毎日。
Eric Claptonがお気に入りで、Lay Down Sallyをよく弾いていた。テーレテテレッテッテッテティラティラ〜。

++ 高校時代 ++
クラスメイトとLED ZEPPELINなどのコピーバンドを始める。
2年になり、弾き語りに目覚め、歌い出す。
ミスターチルドレン、ウルフルズ、長淵剛、オフコースなどがレパート リーだった。

同時にオリジナルソングを作り始める。学校へは行かず、毎日公園で猫と遊んだり、海や図書館で作詞したりしていた。
ウッドベースを担当していた吹奏楽部だけはわりと真面目にこなす。

1996年1月 
初めてオリジナルをライブで歌う。

1996年 
星野すみれというバンドを組み、高校生音楽祭というイベント に出場。静岡県大会優勝し、名古屋ボトムラインで中部大会に出場するも、敗れ る。悔し泣き。

++ 上京(1997〜2001) ++
1997年春
上京。世田谷区豪徳寺で一人暮らしを始める。
だが上京したはいいものの何をしてよいのかわからず、しばらくはバイ トとクラブ遊びに没頭する。
下北と渋谷で毎日遊び倒す。
たまにライブをやるようになる。
くまさんチームというバンドを組み、月イチペースでライブ活動を開 始。 SOUL,FUNKなどブラックミュージックに傾倒する。

2001年
以後の数年間、自分の音楽表現に悩みまくる日々が始まる。

++ 大阪〜千葉(2002〜2005) ++
2002年
ひょんなことから大阪に住むことに。
2、3ヶ月のつもりが1年以上居座ることになった。
風呂なしトイレ共同、家賃1万5千円のボロアパートで破天荒な生活を送りながらも、音楽表現に対してはひたすら悶々とした日々 を過ごす。
だがこの時期の大阪での生活は非常にプラスになった。

その後千葉に移り住むもライブ活動は停止。
音楽に対する意欲も失せていった。

そしてついに、音楽をやめ沖縄に移り住んでのんびり過ごそうと、いったん静岡に帰ることに。

++ 静岡〜再び東京へ(2006〜2008) ++

2006年
故郷の静岡の自然の中で生活し、自分と向き合う時間の中でゆっくりと自分のやりたい音楽表現が見えてくるようになる。
生まれ変わったような感覚に、やっと闇が明けたことを確信。

そして再びプロを目指して活動していくことを決意。

2006年10月
静岡のLIVEHOUSE UHUの店長になり、自分 の音楽活動と共に、たくさんの素敵な仲間たちと知り合う。

2007年6月
東京進出の準備のためLIVEHOUSE UHUを退職。

2008年1月
再び東京へ。

2008年7月、Orizzonte Recordsより1st album【BLUE CHANPLOO】発売予定。