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死んで教えてくれるなよ

【死んで教えてくれるなよ】
皆さんによく言われる、一度僕がライブをやめると言っておきながらまた半年後にやりはじめた、その理由です。



2015年の3月の終わりにふとライブハウスにでかけた。
静岡市のUHUというライブハウスで、僕はカウンターの一番後ろの席の前で立ちながら酒を飲むのが常だ。
酒も少しすすみ、それから歌いだしたritomoの歌に聞き入っていた。


でも、僕はまさかそれで僕がこんなにも変わるなんて思いもよらなかった。
「ライブをやめよう」と、はっきりと思った。
17歳から知っていた彼女は19歳になっていた。もう高校生ではない。
彼女の歌は僕に迫った。「あんた歌をいつまで歌ってるの」と。そう迫りながら一瞬で僕の居場所を奪っていった。
僕は一瞬で悟った。もう、僕が歌う余地はないと。


家に帰りすぐに今年の年末でライブから引退する」と発表した。
何人かの人から、もったいない、撤回しろと連絡をもらったが決心が変わることはなかった。
部屋の電気をふいにつけたり消したりしながら何分間かが過ぎた。もう歌からは離れたくなっていた。
これ以上自分を惨めにしたくなかった。だらしない自分から決別したかった。


それから一ヶ月ほどのちに僕は一生忘れられない経験をする。
岡本と飲むのだ。


岡本は僕の高校からの友達。消防士になると言い続け、何事もないように普通に、なった。
同じ18歳で東京に出て、消防士になった。
高校の頃はさして意識をすることもなかった。
しかし彼は着実に自分の夢を実現し続ける。

ずっと「俺は人を助ける」と言い続けて、いよいよオレンジ色の制服を着るようになった。ハイパーレスキューだ。
本当にすごいスピードだったんじゃないかと思う。
僕はそんな彼の結果を見てはじめて彼を意識するようになったような気がする。


僕がライブからの引退を表明して一ヶ月ほど後、東京にいる岡本から連絡があり、僕の家で飲むことになった。
「ケンイチ。俺の新しい嫁さんと、お前の彼女と、みんなで辻堂で飲もう」
そんな言葉が聞けるとは思わなかった。嬉しかった。


少し遡るが2006年の話。
僕は彼の一度目の結婚式に出席する。
そこで歌を歌い、大いに祝い、笑い、泣いた。
28歳の結婚ほど男にとってしあわせを感じることはない。
僕は、彼の今後のしあわせを願い、想像し、とにかく泣いた。


誰も予知能力などないのだ。誰も明日のことなどわからないのだから。
人生は誰にも見えない。


これ以後の彼の結婚生活を細かく書くのはやめておく。
プライベート云々のこともあるが、単純に僕の中で辛いからだ。
ただ彼は息子をひとり授かり、愛していた。
僕が見た彼のしあわせな顔だ。何にも変えられない事実だ。
息子と一緒に僕の歌を聴きに来てくれ、ふたりで一緒にじゃれあって岡本は息子の両手をとってグルグル回してふたりでひとつになっていた。
僕はそれを見ている。僕ははっきりそれを目撃している。


なにがどうなって離婚したのかは、知らない。
少しだけ聞いたが、ここで書く気はない。本当に辛かったようだということだけは記しておきたい。
本当は書きたいことがある。当時の嫁さんに対して思うことは山程ある…ということだけで察していただきたい。


とにかく彼は離婚した。自由になったのだ。
息子のことは彼の生涯において気がかりだった。いつか僕が息子に話そうと思う。父親のことを。


話を戻していいだろうか。
2015年の5月に、岡本と最後に飲むことになるのだ。


再婚したことは少し前に聞いていた。
「結婚したんだ、いい嫁さんなんだ。本当に、本当に、いい嫁さんなんだ」
そう言う顔を見ればすぐにわかる。


「俺さ、ライブやめるんだ」
「そうか」
半日ほど静かに飲んだ。
それが最後だった。


2015年6月19日
僕の親友岡本は奥さんとの新婚旅行中にバリ島で亡くなりました。


僕はそれからいろいろ考えて、また歌うようになりました。
なぜ歌っているのかはわかりません。


でも、彼が死んでから僕は前より歌を歌いたくなりました。




青田ケンイチ(アオケン)
Posted by青田ケンイチ(アオケン)

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