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生活と創造。

Mon.22.11.2010
昨日の疲れが少し残っているので、風呂を沸かしつつボーっとテレビを観てた。

宇多田ヒカルさんが活動休止の理由を「家賃のことも知らなかった。自分がいくらお金を使っているかも知らないし、40、50代になってマネージャーがいないと何も出来ない痛い大人になりたくなかった。」とラジオで語ったようだ。

すごく真っ当な理由だと思った。やっぱりね、生活していく上で知らなきゃいけないことがあって、その上でクリエイティブなことをしていくってことが大事なことだし当たり前のことだと思っていたので。
小さな頃から恵まれた環境にある人も、そうでない人も人間としてそういう悩みを持つことは当たり前の感情だと思っていたので。

ところがテレビのコメンテーターとしてなかにし礼さんがこんな発言をしていた。なんとなく聞いていたものなので一字一句正しい内容ではないですがこのような感じ。
「宇多田ヒカルという人が世の中に出てきたのは母親の藤圭子さんとか、宇多田さんの家族のパワーのようなものが乗り移ったところがあると思う。彼女はこれからもそういう崇高なところから生まれる表現をしていくことが宿命。生活のことなんか知らなくたっていい。これからそういうことを知って、書けなくなるでしょう。悩むでしょう。家賃がいくらか、なんてことは表現には邪魔でしかないことで、そんなことは知らなくっていいことなんだから。」

目から鱗が落ちた。あぁ…
一番大切なことを忘れかけていた。

「生活のことを知ると書けなくなる」というのは彼の実体験なのだろう。もちろん僕にもこの体験はある。
自分の中にある一番崇高で濃縮された部分を取り出して生む作業と、実生活を生きていくということは完全に真逆なことだ。自分の精神世界に生きるとき、俗世間のことなどどうでもいいと感じる。そして完全に覚醒して、神の領域に達したときにメロディや詩が降ってくる。そんなときはもうとんでもないくらいの幸福感に包まれる。そのために生きていると言っても言い過ぎじゃない。その他のことなんて本当にどうでもいいとさえ言えるほどに。
もちろん、実際には特に僕のような貧乏アーティストは生活のことは絶対に考えなくちゃいけないんだけど、本来表現者にとっては全く必要のない部分であることも確かで。それを知らずに成功した人がそれを知るということは…いや、これは非常に繊細な問題だと思う。彼女の問題は僕にはよくわからない。僕は彼女じゃない。そもそも生活とアートを天秤にかける意味なんて…。

しかし同時にこれは、なかにしさんから宇多田さんへの最大の賛辞であるような気もした。そういうことが認められるのは本当のアーティストだけだと思うから、そんなことで書けなくなるのは勿体ないという想いもあったんだと思う。僕の勝手な推測だけど。
売れた人の苦悩は残念ながら売れたことのない僕にはわからない。でもこれがアーティストにとってはとても贅沢な悩みなのも確かだと思う。勘違いしないでね、これは宇多田さんを非難してる訳じゃないよ。僕個人の考えとしては生活のことを知ることも表現には大切なことのひとつだと思うから。

宇多田ヒカルさんのように売れたアーティストもいる。ゴッホのように死後認められたアーティストもいる。そして死してなお、埋もれたままのアーティストもいる。
結局僕には何もわからない。正直言えば音楽のことだけを考えることが出来るだけのお金が欲しい。だから僕は絶対に売れたい。そしてそのために僕が出来ることは自分にできる最大の表現をいつも目指していくことだけだ。

なんだ、やっぱり歌うことだけなんだな、僕に出来ることは(笑
それでいいと思う。今夜のライブも心を叫びたいと思う。

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